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「恒心文庫:唐澤貴洋観察日記」の版間の差分

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(ページの作成:「__NOTOC__ == 本文 == <poem> 八月一日 きょううちのにわに唐澤貴洋のたねをうえた はやくさかないかな 八月三日 あれからまいに…」)
 
(相違点なし)

2020年1月13日 (月) 15:31時点における最新版

本文[編集]

八月一日
きょううちのにわに唐澤貴洋のたねをうえた
はやくさかないかな

八月三日
あれからまいにち水をあげている
はやくさかないかな

八月四日
めが出た!
でもしょくぶつの「め」ではなく人げんの「目」がはえてきた
唐澤貴洋の目はなにかをうったえるかのようにぼくを見ていた

八月六日
唐澤貴洋の目がふたつにふえた
くりくりしていて気もちがわるいのでつついてたらつぶしてしまった
わるいことをしたなぁ

八月七日
きょうは台ふうがきた
おとうさんとおかあさんが雨どをほきょうしていた
唐澤貴洋もそのままふきとばされてしまえばいいのに

八月十日
台ふうがいってしまったのでひさしぶりに唐澤貴洋のようすを見にいった
唐澤貴洋はきえていた
ぼくはうれしいようなかなしいような

八月十一日
唐澤貴洋はきえてなんかいなかった!!
どうやらぼう風からみをまもるために自ぶんでのき下にいどうしていたらしい
二本の腕が、あたらしく生えていた

八月十三日
唐澤貴洋は二本のうでをつかい自ゆうにうごくことができるようだ
よ中にかんさつしていると見れるかもしれないとお父さんが言っていた
ぼくはよふかしをする自しんがない

八月十五日
唐澤貴洋にうでが生えてからぼくのうちではいろいろとおかしなことがおこるようになった
ものがなくなったり、ふえたり、べつのところにいどうしたり
唐澤貴洋はどうやらとんだいたずらぼうずのようだ
いもうとはこわがってなかなかにわにこない

八月十六日
おどろいた!
てっきりぼくがつぶしてしまったとおもっていた唐澤貴洋の目がちゃんとあったのだ!
あたらしく生えたのか、それともさいしょからつぶれていなかったのか
まじめにかんさつ日きをつけていない自ぶんに反せい

八月十七日
けさお母さんが「そろそろ唐澤貴洋の世話は自分でやりなさい」と言ってきた
水だけやればいいのかとおもっていたのはまちがいだったようだ
これからはまいあさぼくが唐澤貴洋に水とえさと食ごのアイスをあたえなければならないらしい
はやおきは、きらいだ

八月十九日
さっそく唐澤貴洋のせわを一日さぼってしまった
ごめんごめんとあやまりつつしょていのえさをもっていくとむさぼりつくように食べていた
おせじにもかわいいとはいいがたいすがたに、ぼくはげんなりした
また、明日もえさを抜いてやろうか

八月二十二日
かれていればいいのにとねがっていたけれどぞんがいに唐澤貴洋は生めい力がつよいらしい
えさをあたえる、気がつけばどう体も生えていた、どうでもいい
ぼくはかんぜんに唐澤貴洋にあきつつあった

八月三十日
昨日からいもうとのすがたが見えずお父さんとお母さんが赤くなったり青くなったりしている
知らないひとがたくさん家にやってきたり、ひっきりなしに電話をかけたり、かかってきたり
ぼくがいろいろをたずねてもふたりともなにもおしえてくれない
そうそう、ひさしぶりに唐澤貴洋のようすを見に行ったけれど
あのやろうまだ生きのびていやがった
一週間もえさを抜いてやったはずなのに、ずいぶんしぶといやろうだ

八月三十一日
きょうけーさつの人がうちのにわでいもうとのふくの切れはしと肉体のいちぶをはっ見した
けーさつの人が唐澤貴洋にたいしてみせい年しゃりゃくしゅとしょうがいのようぎでそうさをかいししたが時すでにおそし
せい体となった唐澤貴洋はもううちのにわからすがたをくらませていた
唐澤貴洋のいた穴には唐澤貴洋の残した唐澤貴洋のたねがびっしりつまっていたけれどお母さんがまとめて石ゆでもやしてしまった
ぼくは、たのしかったなつ休みがおわってしまったのでざんねんだなぁ、と思いました

いもうとはまだ、かえってきません

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