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唐澤貴洋弁護士の炎上について簡単に知りたい方は、解説セクションをご覧ください。
また、恒心史では、なぜ唐澤弁護士がこれほどまでに炎上しているのかをストーリー形式でわかりやすく知ることができます。


平成27年8月3日

提供: 唐澤貴洋Wiki
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平成27年8月3日2015年8月3日)とは、恒心教における記念日の1つである。ここではこの日をきっかけに発生したけんまブームについても述べる。

概要

平成27年8月3日(月曜日)は神聖な数字である2783と重なる(平成27年8月3日→H.27.8.3→2783)ことから、ニーナ・ハッサンの日・けんまデー・ちばけんまの日などと呼称され記念日として扱われた。後述するけんまブームの始まりの日である。

2013年8月3日は300万騒動の大混乱まっただ中、2014年8月3日はワタナベリョウスケが特定された日、2016年8月3日は岩間好一ブーム前夜と8月は夏休みであることもあって出来事が多い傾向にある。

けんまブーム

初期

8月3日当日、茂みがピュアけんま配信中に愛宕警察署に連行される事件があり、ピュア虎ノ門周辺はすぐ警察の飛んでくるとんでもない所という認識が広まった。これがチキンレーサーの心に火をつけ、以後けんま民が大量進出した。

当時は唐澤貴洋のご尊顔開示事件により伝説の希少生物弁護士唐澤 貴洋発見・撮影がブームになっていたこともこれを後押しした。ブーム初期を支えたparanoidの配信では尊師ではないが唐澤洋の撮影に成功した。

出会い厨を誘導してけんまさせるという出会い厨ラジコン路線が開拓されたのもこの頃である[1]

ちなみに、この日の夜事務所一派はこの興奮に水を差すかのような馴れ合いキャスを行い批判を浴び、事務所騒動が勃発する。

安藤良太の登場

ここで登場したのが安藤良太(当時ださいたま)である。実現困難と思われていたドローンけんまを高価なドローンを使って軽々と実行する、職務質問の警官に食ってかかる、長谷川満孝の車にGPSロガーを仕掛ける(愛寿物流事件)など凄まじい行動力により、けんま界のニューヒーローとして大人気を巻き起こした。安藤に憧れるものたちも急増しけんまブームは一層過激になっていく。

安藤がどちらかと言うとちばけんまをメインとして活動したことや、過激路線はちばけんまの方が警備が薄くやりやすいことから、模倣者もちばけんまやこの頃チンフェの疑惑潜伏先として再浮上したフェイヴァリットハウス1を狙い出し、久々にチンフェのターンが到来した。

終焉

しかしながらこの手のコンテンツでありがちな「出る杭は打たれる」風潮が祟って、9月頃から安藤亮太バッシングが始まるようになり、事務所一派と関わってしまったことが決定打となって安藤は一度身を引くこととなる。この辺の経緯については安藤良太#炎上以後を参照。

安藤の影響で急増したけんま配信主であったが、配信主同士の自己顕示欲の暴走やいざこざ、アンチ活動が絶えなくなり(加藤力ハナミズキ騒動など)、彼らを生み出したけんま配信路線自体への批判も増加、けんま配信は下火となる。サイレントによる過激路線は継続されていたが、長谷川家の車(マンチ青シュヴィッツ)破壊などエスカレートする過激路線に対して非上級国民である長谷川一家へはやり過ぎとの批判が強くなりこれもまた下火となる。

ブームが終わったのは麻原彰晃掲示板の閉鎖(2015年11月17日)、あるいは事務所騒動が激化しけんまどころでは無くなった2016年初あたりであろう。

その後

その後けんま配信主は次々と姿を消し、茂みはアフィブログナリ速運営への批判から準包皮民の扱いを受けるようになり、一時代を築いた安藤良太は同時爆破予告事件で逮捕。尊師は警備の厳しいオランダヒルズ森タワー聖遷しけんまも困難となる。またこれほどのけんまブームの中にあっても、ついに長谷川亮太の所在を掴むことはできなかった。

だがこのけんまブームの時期が恒心教の最も勢いのあった時期のひとつでもあったことは間違いなく、この頃の活気を再びという声は多い。

出典・註釈

  1. http://tesuya.esy.es/bbs18c/test/read.php/asahara/1439784759/79 が最初だろうか

関連項目